Workshop Report

SEGMENTSワークショップ in 武蔵野美術大学2019 レポート

木下和重


 2019年11月6日、武蔵野美術大学デザイン情報学科インタラクティブ・モーション・グラフィックスの授業において、5回目となるSEGMENTSワークショップを開催した。
 この授業はプログラミングを用いた対話型作品の制作を目的としたもので、時間軸の構成をテーマとしていたことから、異分野からの時間の捉え方として実験音楽を由来とするSEGMENTSを取り上げ、ワークショップ形式で導入されることとなった。 今回20人弱の学生が参加し、90分ずつ2コマの授業時間の前半をエクササイズやパフォーマンスの体験に、後半をオリジナル作品のグループ制作に、という構成で実施した。


 SEGMENTSとは、20世紀以降の作り手と受け手の共通理解の基盤が希薄である芸術世界において、両者を結びつける方法の一つになればと考案されたものである。 ワークショップ副題に「時間を聴く」と付されていることからもわかるように、それは時間に焦点を当てて構築されている。 具体的には、時間の経過の中で起ち上がる出来事を始まりと終わりで分節し、それらを結果として生まれた有機的連関性のないセグメントの連続体として把握することである。 この分節行為や構造そのものを目的とする場合もあれば、それをきっかけとして独自の解釈へと向かう鑑賞をも可能とする。それを支える態度として強調しておきたいのは、SEGMENTSは、今ここで何が起こっているかを意識することが重要なのである。

 ワークショップでは、SEGMENTSのコンセプトに即して作られた曲の楽譜などが掲載された、オリジナルテキストに沿って進行される。 これは導入から徐々に応用に進むよう、また前の曲の構造を後の曲で再利用したり、比較参照ができるよう、ワークショップ中はもちろん、その後の振り返りやカタログとして使用できるように開発されたものである。

 最初に必ず取り上げる『bell』は、文字通りベルの音を聴く曲なのだが、高い音、きれいな音、神秘的な音…などといった音自体の様相やイメージではなく、ベルの音が現れた時点と消えた時点に意識を向け、その音の長さを聴くのだ。ベルから発せられた音は、分節された時間/セグメントを生み出すためのものにすぎない。つまりSEGMENTSでは、音を聴くのではなく、音の始まりから終わりまでの「時間」を聴くのである。
 テキストには他にも、セグメントの分節をより身近に感じてもらえるよう様々な曲が用意されている。 これらの曲の特徴は、特別な技術や道具を必要としないことである。
 例えば『clap your hands』は、楽譜にランダムに打たれた時点が幾つか書かれており、ストップウォッチを見ながらその時点になれば手を叩くというもの。 全体の長さは3分。これは手を叩くという行為でセグメントを作り出していくもの。その応用である『任意の二拍』は、3分間に任意の時点で2回手を叩くというもの。 また『凸凹凸凹』では、楽譜に書かれた凸のセグメントでお腹を突き出し、凹ではお腹を引っ込める。これを交互に繰り返す。

 こうしてワークショップ参加者は、自らの体を用いた行為によって時間が分節される様を実際に体験していく。
 はじめは表情の固かった学生たちも、この頃には何をやらされているかという疑問を抱きつつも、笑いもまじって和らいだ雰囲気が出てくる。 とはいえ、学生はそもそも自主的な興味からではなく、あくまで授業の一環として参加している。「この人何言ってんの?」という反応もあったことだろう。
 しかし『四肢』という曲をパフォーマンスすることにより空気は一変する。この曲は体のポーズの変化でセグメントを表す。 「右手/左手/右足/左足」がそれぞれ組み合わされたセグメントが楽譜に書かれており、パフォーマーは書かれてある部位を上げ、そのポーズを保持する。 例えば、「左手」のセグメント、その次に「右手/左足」のセグメントがあれば、先ず左手を上げ、次に左手を下ろして右手と左足を上げるという具合である。 パフォーマーが疲労を感じたタイミングで次のセグメントへ移行する。各部位の上げ下げの指示以外、ポーズの仔細はパフォーマーの任意となる。 この曲は楽譜の指示に従ってセグメントを意識するという基本は変わらないが、ポーズの取り方やセグメントの移行の仕方など、パフォーマーそれぞれの個差が現れやすく、自由度も比較的高い。 そのせいか、一気に学生たちの発言も増えていく。はじめはなんだかよくわからなかったSEGMENTSを、コンセプトを踏まえて積極的に楽しもうという姿勢が見えて来るのである。


 こうして音を皮切りに体の感覚を通してSEGMENTSの基礎に触れた後、前半の残りの時間では、併走する時間軸や空間との繋がり、創作的アプローチなど、より発展的なテーマを含んだ曲へと進む。
 体の部位を一つ選び二つの動きを与える(例えば、手の指を曲げる/伸ばす)という簡単なルールで参加者自らが作曲する『xy』。 二人で対になり任意の時間で瞼の開閉を行い、目と目が合う回数を競う『目と目で通じ合う』。輪になって「アー」と息が続くまで声を発することでセグメントの生まれる瞬間をよりクリアに感じることができる『voices』。 クリップライトのオン/オフによる、道具を用いることでセグメントを生み出す例を提示する『lights』といった曲を体験してもらった。




 休憩を挟み、ワークショップの後半ではSEGMENTS曲の作り方、何の素材でセグメントを作るのか、その素材をどういったルールで運用するのか、を図解で説明した後、学生たちをランダムに4,5人を選んでグループを作り(全4グループ)、オリジナル曲の制作、発表を行った。この制作発表会は昨年から始めたのだが、昨年同様に今年も学生たちがグループに分かれた途端、生き生きとした表情で自分たちのアイデアを積極的に出していることに驚きと喜びを感じた。当然ながらすぐにはアイデアがまとまらなかったり、SEGMENTSのコンセプトにまで到達できていない場合もある。だが、示唆的なアドバイスをすれば、すぐさま理解して制作に取り入れており、感心するばかりだった。

 では、各グループがどのような曲を制作したか、どういった仕組みでセグメントを作り出していったかを発表後のインタビューをもとに触れていこう。ちなみにグループ名は学生たちで考えてもらった(グループ”パンダ”と”かかし”は学生が思いつかないということなので、メンバーの服装や制作内容から付けさせてもらった)。発表順はあみだくじで決めた。

グループ “まる。”
 このグループはまずセグメントを歩行という動作で作ることにし、そこから曲作りを始めた。メンバー4人にはそれぞれ歩数(15歩,3歩,20歩,11歩)が決められており、その歩数を大幅、中幅、小幅の3パターンで歩く。この3パターンを1セットにして2回行うと、進行方向を逆にする。例外的に、20歩の人は1セット終了後、2セット目に移行するまでに数秒停止する。メンバーは、他の学生に教室中央で輪になるよう指示して外側を向かせ、その外周を歩行した。歩数、歩幅などの変数によって多様なセグメントが生まれることになったが、観客を真ん中に集めその周りを回るという舞台機構を作ることで、どこで観るかでそのセグメントも変化するという様相を作り出したのが秀逸であった。


グループ “かかし”
 このグループはアイデアが出てもなかなか完成までには至らず苦戦していた。話を聞いてみると「教室の内線電話」という他のグループには無い素材を使おうとしていたので、電話が「きっかけ」となってセグメントが生まれるような状況を考えてみるようにアドバイスをした。
 かかしのメンバーは5人。3人が教室に残り、あとの2人は別室から電話をかける。舞台にはパイプ椅子、回転椅子が並んでいる。教室のメンバーにはそれぞれPCをタイピングする人、ライトを点灯させた携帯電話を持った両手を広げる人、回転椅子を回す人といった役が割り当てられている。そしてかかってくる電話をきっかけにして、舞台上の3人の配置が変わっていく。別室の2人を仮にAとBとすると、Aからの電話の場合は、その時椅子に座らず立っていた人は電話と取った後、パイプ椅子に座っている人と配置を交代する。Bからの電話の場合は回転椅子の人と交代して電話を取る係となる。AとBのどちらが電話をかけるかは、じゃんけんでその都度決められていたらしい。あいこが挟まることによって、毎回電話のタイミングが変わる。
 何かをきっかけにして他の素材が連動するタイプはセグメントを作る上で有用なルールであり、場所を移動するというのも舞台効果として見た目にもわかりやすい。かかしの場合はそれに加え、きっかけであった電話が想像を掻き立てるようなドラマティックな道具であったこと、電話をかけるタイミングにじゃんけんというシンプルながら不確定な要素を採用したこと、正面からのクリップライト一つの照明が、壁面の影という別のフェーズによるセグメントをもたらしていたことなど、空間をより効果的に曲の中に取り入れた工夫がなされており、これがあの揉めに揉めていたグループと同一かと見紛うほどであった。


グループ “パンダ”
 パンダは、「クリップライト」を素材に選び、その点滅でセグメントを作り出した。『lights』がパフォーマーの任意のタイミングで点滅が行われていたのに対し、パンダは厳格なルールを決めて制作しようとしていた。しかし、そのルールと運用の難しさのためパフォーマンス途中で何度も失敗をしていた。そこで単純化のためにメトロノームを用いるのはどうかとアドバイスをした。最終的に♩=60のリズムの5拍目にメンバーが一斉にスイッチ操作を行うということでまとまった。
 4名のメンバーの前の四脚のパイプ椅子には、背もたれと座面の上下に二台のクリップライトが前方の観客に向けて設置されている。上に位置するライトは右手で、下に位置するライトは左手でオン/オフを切り替えるのだが、その操作は各人の隣にいるメンバーが操作を行った(と感じた)とき、その方向の手に持つスイッチで行う。その結果として、上に4台、下に4台の計8台のライトはランダムに点滅され、多様に変化していった。


グループ “ソーラーシステム”
 パンダはライトの点滅でセグメントそのものを表していたが、ソーラーシステムはこれを他の素材が連動して作用するきっかけとして用いた。『clap your hands』で使われる楽譜の時間を基にライトのスイッチのオン/オフ操作をするメンバーが1人。その他のメンバーは光が付いているセグメントでは教室中を歩き回り、消えると床に突っ伏して動かない(メンバー達はそれを屍体と呼んでいた)。また、光が付く時に「ホイ!」とスイッチ操作をするメンバーが言葉を発するセグメントがある。その言葉を聞いた他のメンバーは、そのメンバーの周囲を手を繋いで囲んで回り出す(メンバーはそれをパレードと呼んでいた)。 ソーラーシステムは最も早く曲が完成していたグループだったが、連動する素材が一つしかなかったため、もっと他の要素も加えてほしいとアドバイスをし、「ホイ!」が誕生した。生と死が光の明滅で象徴的に表された、シンプルだが奥の深い曲であった。



以下は、授業後に学生等に書いてもらったアンケートの抜粋である。

  • 時間にこれほど向き合ったことはない
  • 時間を構造として捉える面白さを知った
  • 音がなくても音楽だと思えた
  • 手を叩くなどの簡単な行為で充分感覚化できるものだなと思った
  • 日々の生活も視点を変えればすべてセグメンツになるんだと思えた
  • 偶然性の美しさとともにシステムを作る楽しみを味わった
  • 制作段階で四苦八苦したが、完成できて嬉しい
  • 自分の動きが他に影響して連動することをよく考えている作品は面白いと思った
  • 動き自体が生活に馴染みのあるものだと、ストーリーが生まれる瞬間があってすごく面白い
  • 左と右の文字を見ているとゲシュタルト崩壊が起こって時間まで一緒に崩壊しそうな感覚になった

 学生たちはこのSEGMENTSワークショップを通して、無自覚であった時間的体験、つまり音であったり身体の動きであったりを、より意識的に捉えたり観察したりすることができたのではないかと思う。 自分たちの知ってる知識に寄せて曲解などせず、また、コンセプトを無視して表現欲求のままパフォーマンスをするような学生は一人もいなかったことは、たいへん嬉しいことであった。 この体験によって学生たちの作品制作の幅が少しでも広がったのであれば、幸せなことである。


武蔵野美術大学の学生チーム4組による、3分間のパフォーマンス発表。